妙なる囁きに 耳を澄ませば
          〜音で10のお題より

 “Canon (カノン)"



かちゃんかたかたと、食器の触れ合う音。
ご飯とお味噌汁と、微かに醤油の匂い。
テレビからは、
ここ数日の暑さのぶり返しへの注意が呼びかけられていて。
でもまあ、出掛けるつもりはないのでと、
お部屋の住人たちからは、すっかりうっちゃられているばかり。

 「かわいいな、ウサギvv」
 「見てないで食べなさい。」
 「えー、だって可哀想じゃないvv」
 「もうお腹いっぱいなら、ほら貸して。」
 「あ、頭から擦りおろすつもりだね。ブッダの意地悪っ。」
 「しませんて、そんなこと。
  ラップ掛けておかないと茶色くなるでしょう?」

大体、いくらリクエストだとはいえ、
君にリンゴを食べさせるのは本当に気が進まないんだよと。
半分以上の本気から、渡しなさいと延べられた腕から、
お皿を遠ざける様子が何とも子供っぽいおにいさんが。
その身を呈してこの世界を危機から救ったのだなぞと、一体誰が信じよか。
貸しなさい、やだと、無邪気な応酬をする二人へ、

 「………あの〜。」
 「今、よろしいでしょうか? イエス様、ブッダ様?」

窓から怖ず怖ずとした声がかけられ、

  「うわあっっ!//////////」 × 2

真っ赤になった二人が、気持ち飛び上がったのは(笑)
言うまでもなかったのでありましたが。

 「あ……。」
 「イ、イエス様?」

敷き布団2枚と冬布団2枚を上手く重ねて積み上げた
いわゆる“簡易ベッド”の上。
今日は暑いからと布団も免除されてのタオルケットを、
だが今は、足元側へとくしゃくしゃに丸め。
Tシャツに膝丈のイージーパンツという軽装で、
胡座をかいて座っておいでのヨシュア様なのへ…。
朝の検診にと訪れたラファエルとガブリエルが、
目も口もぱかりと開いてという
お揃いの表情で唖然としてしまったのは。
言うまでもなく、
昨日の今日だというに…との驚きからに違いなく。
負の瘴気に文字通り襲われるという、
それは大変な目に遭ったお人だ。
ああまでの傷を負い、体力も激減しての消耗し、
息も絶え絶えは言い過ぎながら、
それでも それはそれは弱っていたはずだというに。
それが、少なくとも腕や脚の包帯も取れての、
しゃんと身を起こしていての、
お皿を巡っての すったもんだまでやらかしているなんてと、

 「あ、いやあのっ、これはですねっ。」

少なくとも“癒しの天使”との異名もつラファエルを、
こんな格好で自信喪失させてはいかんと。
あたふたするブッダをよそに、

 「よかったぁ、もうそんなにお元気になられてっ。」

ほっそりとしていて可憐な印象の強い、
旅人の守護でもある大天使は、それははんなりと微笑って
嫋やかな両手を胸の前で合わせてしまう。

 「さすがは慈愛の如来様ですね。
  ブッダ様、ありがとうございますっ。」

 「は、はあ、どうも………。」

さすがはイエスと波長が合うだけあって、
一番繊細そうに見える彼もまた、
細かいことは気にしない、
良かったこと探しの名手なのであるらしい。

 “…いいのかな、それで。”

さてねぇ……。(う〜ん)




      ◇◇◇



一応はと、彼独自の神通力で容体を確認し、
飛躍的な治癒の度合いなことをあらためて称賛されてから。
こたびばかりは、癒しの天使にまで結構 消耗させられたご訪問、
それでも何とかお相手し通して。

 「………。」
 「………。」

今日もまた蒸し暑い日になりそうなのか、
生き残りの蝉が遠い梢で鳴く声が、閑とした朝なのを知らしめる。

 「ごめんね、色々とびっくりさせたよね。」

ホントはしっかり治してから戻るべきだったんだろうけど、
一刻も早くブッダの傍へ帰りたかったの。
我儘でごめんね。

 「…ううん、私も嬉しかった。」

あのままイエスに逢えない日が続いたら、
どうにかなっちゃいそうだったから。

 「あはは、わたしたちって気が合うねぇ。」
 「うん…。///////」

まだまだ陽があれば、じりじりと暑いままだが、
それでも窓の外、
真昼の陽差しに照らされた白壁の明るみは、
微妙に真夏のそれとは気配が違う。
ご近所の皆様はお仕事やお買い物へと出払ったものか、
ご町内は閑散と静かな模様。
そんな空白を埋めるように紡ぐのは、
ついつい洩れる、本音や甘えのあれこれで。

 「ただね?」

何も言わないで行ってしまったのは、さすがに堪えたよ?

 「うん、ごめんね。」
 「………。」

お別れなんか言うつもりなかったからだけど、
あれじゃあ心配しちゃうよね。

 「………。」

 「ごめんね、私、君を泣かせてばかりいる。」

 「泣いてなんか…。////////」

 「うそ。今朝も目が赤かったもの。」

 「………。///////」

寝不足のせいだなんて 罪な嘘など言わせない。
彼には簡単なことのはずの
リンゴの皮剥きも、手が止まってばかりだったしと。
言いはしなかったけれど、
イエスとしてはそこへも気がついており。
事象としてはもう決着したことだというに、
なのにまだ、こうまで尾を引くほどとはと。

  この辛抱強くて気丈な如来様が、
  だというに どれほど不安だったかを思うと。

先だっても振り回したばかりだというにと、
いくらご陽気で前向きな彼だとて、
そこは何とも不甲斐ない気持ちになりもするらしく。

 「……。」

神妙なお顔になって黙りこくってしまうと、
二人しかいない六畳間は 外よりもっと閑としてしまい。
居たたまれないような 乾いた沈黙に包まれる。
イエスがちらと見やった先の、案じてやまぬ愛しい人は。
彫の深い目許を伏し目がちにし、表情少なく俯いており。
何か言ってよと切な眸を向けておれば、

 「…あのね、まだ屋根の点検始まってないんだ。」

 はい?

 「君がいなかった間に、台風が二つも来たもんだから、
  業者さんが日程を延期してほしいって言って来たそうでね。」

お顔を上げたブッダは、
目元をたわめ、それは柔らかく微笑っており。

 「だから、
  カラオケに行こうって約束はまだ保留のまんまなんだよ?」

 「あ…。////」

結構 回復も早いみたいだし、
次の土日って言われても余裕で出掛けられそうだよね、と。
大変じゃああったけれど、それはそれ。
二人の仲良しをこじらせるようなことなんて、何も起きなかったかのように。
昨日の続きを続けようと言いたげに微笑うブッダなのへ、

 「うん…。//////」

頷くだけでいいはずなお返事が 少しほど縒れかけ、
微笑ったつもりが半分泣き顔で応じれば、

 「ああもう。どうしたかな、君ってば。//////」

ラファエルさんから許可ももらったし、
今晩は何でも作ってあげるから そんな顔しないの、と。
子供相手のようにあやしてくれるブッダなのも前と同じで。
よしよしと、今は茨の冠を外している頭を撫でてくれる彼なのへ。

 “ああ、少しは叶ったのかな、あのお札…。”

私がうっかりをやらかしても、
ブッダがあんまり怒りませんようにと。
そんな他愛ないこと、南無南無とお願いした
いつぞやの あのお札の効果かなぁなんて、
それこそ怒られそうなこと、
ぼんやり思ったイエス様だったのはここだけの内緒。
先の一匹に出遅れたらしい二匹目の蝉の声が、
遠いどこかからのどかに聞こえる。
まだまだ夏の色濃い、九月の始めの昼下がり。
それでも木陰をゆく風は、
少しずつ淑やかな慎みをまとってか つんと涼しくて。
屈託のない笑み見せる二人の最聖人様たちへも内緒で、
秋への模様替えをそろそろと進行中であるらしかった。





   〜Fine〜  13.09.05.


  *いやはや、何とか決着でございます。
   ここまでのお付き合い、
   本当にありがとうございました。

   何が大変だったかって、
   ほのぼのギャグが基盤なお話でシリアスするのって難しー。
   最初に思いついたのは、もっと短いお話でして。
   やっぱりイエス様が深刻な事態へ巻き込まれるのですが、
   でもね、真面目な展開とか正念場の決めとか、
   どんなに盛っても学芸会にしかならないの。
   サザ○さん一家が コスプレして
   じゃあぼちぼちと天竺に行こうかってノリにしかならないの。(笑)
   ドラえ○んとか、クレ○ンしんちゃんとか、
   キャラのスペックそのままなのに、
   劇場版でああも感動作に出来る監督さんって
   凄いなぁって本気で思ったですよ。

   一番の心残りは、このフレーズを使えなかったことです。

   “我々は敵と闘いに来たのではない、
    倒しに来たんだ。”(おいおい)

   どっかに入れたかった、
   ウリエルさん辺りに言ってもらいたかったんですが、
   …って、やっぱりそれでは
   お笑いになっちゃってましたかね?(苦笑)


   でもまあ、
   こういう路線自体、番外編もいいところで、
   再び使う予定もない代物ですんで、どかご安心を。
   次からは通常運転の
   最聖バカップル噺へ戻りますネ〜vv(それもどうかと…。)笑


ご感想はこちらへvv めーるふぉーむvv


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